大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和57年(オ)1026号 判決

上告人

田中たま乃

右訴訟代理人

堀郁朗

被上告人

田中徹彦

被上告人

田中かずゑ

被上告人

田中啓次郎

右法定代理人親権者

田中徹彦

田中かずゑ

右三名訴訟代理人

宮島栄祐

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

本件を岐阜地方裁判所大垣支部に差し戻す。

理由

上告代理人堀郁朗の上告理由第一点について

本件記録によれば、上告人が本件の主位的請求として主張するところは、(1) 本件物件はもと上告人の所有であつたが、被上告人らに対し昭和四九年四月一七日付で同月一六日贈与を原因として各持分三分の一の所有権移転登記を経由した、(2) 右登記原因としての贈与契約は負担付ないし条件付贈与であつて、右贈与の際上告人の子訴外田中徹は上告人に対し生活費として毎月三万五〇〇〇円宛支払う旨約した、(3) 被上告人らは、田中徹の上告人に対する右債務につきそれぞれ重畳的債務引受をした、(4) しかし、田中徹及び被上告人らが右債務を全く履行しないので、上告人は、昭和五二年一〇月以降何回となく右金員の支払を請求したが、依然として支払をしないので、上告人は、昭和五三年七月二一日到達の本訴状をもつて右贈与契約を債務不履行を理由として解除する旨の意思表示をした、(5) よつて、上告人は、被上告人らに対し、右解除による原状回復請求権に基づき本件物件の各持分三分の一の所有権移転登記を求める、というのである。

これに対し、原審は、(1) 上告人は、本訴以前に被上告人らに対し、本件物件は上告人の所有であつて、上告人はこれを被上告人らに贈与したことはないと主張して、本件物件について経由された贈与を原因とする被上告人らのための各持分三分の一の所有権移転登記手続を求める訴えを提起した、(2) 被上告人らは、昭和四九年四月一六日に上告人から本件物件の贈与を受けたものである旨主張して抗争したところ、第一審は、被上告人らの主張を認めて上告人の右請求を棄却したので、上告人は控訴したが、第二審も右贈与の事実を認めて控訴棄却の判決を言い渡し、同判決は昭和五二年九月一七日確定した、(3) 前訴は、本件物件の所有権に基づく所有権移転登記の抹消登記手続請求であるのに対し、本訴は、本件物件の贈与が有効であることを前提とし、その負担である義務の不履行を理由として昭和五三年七月二一日にした右契約解除による原状回復請求権を主張して所有権移転登記手続を求める請求であるから、両者は訴訟物を異にするが、実質的には、いずれも本件物件に対する上告人の所有権取得登記を回復ないし取り戻すことを目的とするものである、(4) 被上告人田中徹彦は上告人の三男である田中徹の子、被上告人田中かずゑは右徹彦の妻、被上告人田中啓次郎は右徹彦及びかずゑの子であり、上告人が昭和四九年四月一六日被上告人らに本件物件を贈与したのは、上告人の子である田中徹に老後の面倒をみてもらうことを期待したためであつたところ、田中徹は、右贈与後、上告人の申出により生活費として毎月三万五〇〇〇円を上告人に贈ることを約束し、上告人はこれを二、三回受領したが、上告人が同年七月ころから右贈与を否定して右生活費の受領を拒否するに至つたので、田中徹は、上告人名義で中央相互銀行に右生活費を毎月預金していたところ、上告人が前訴を提起したので同年一二月以降はこれをやめた、(5) 前訴において、被上告人らは、田中徹が上告人に対し生活費として毎月三万五〇〇〇円を贈る約束をしたことを主張し、右のような経緯によつてその履行をやめた旨立証したが、上告人は、前訴において、予備的に、右の不履行を理由とする贈与契約の解除を再抗弁として主張せず、また、訴えの追加的変更により本訴と同一の請求にかかる訴えを前訴に併合提起することもしなかつた、(6) 前訴と本訴は、訴訟物を異にするので、本来別々にあるいは順次に訴えを提起することを妨げられるわけではないが、上告人が前訴において前叙のような再抗弁を主張し、また、訴えの追加的変更を行うことは、極めて容易であり、しかも親族間の紛争の早期解決のためにはむしろそれが期待されていたと考えるべきであるから、上告人が前訴において右再抗弁の主張、訴えの追加的変更をしなかつたことにより、被上告人らにおいて、本件物件の所有権の帰属に関する紛争は前訴ですべて落着したと信頼したとしても無理からぬものがあり、そうだとすると、前訴の終了後において、上告人が田中徹に対し前記毎月三万五〇〇〇円の生活費の支払を求めるのは格別、その支払義務の不履行を理由として前記贈与契約を解除し、これに基づいて被上告人らに対し所有権移転登記手続を求める訴えを提起することは、信義則に照らし許されない、旨判示し、上告人の右主位的請求にかかる訴えを不適法とした。

しかしながら、前訴は、本件物件が上告人の所有に属し、これを被上告人らに贈与したことはないとして、本件物件について経由された被上告人らのための各持分三分の一の所有権移転登記の抹消登記手続を求めるものであるのに対し、本訴は、本件物件の贈与が有効にされたとする前訴判決の判断を前提としたうえ、右贈与の負担である生活費の支払について前訴判決後に不履行があることを理由として右贈与契約を解除し、その原状回復請求権に基づき右所有権移転登記手続を求めるものであるから、本訴が実質的に前訴のむし返しであるとは当然にはいうことができないところ、前記認定の前訴の訴訟経過からは、原審のいうように、上告人において、前訴で前記のような内容の贈与契約の成立が認定されることを慮り、あらかじめこれに備えて、右訴訟の継続中に、右認定にかかる田中徹による上告人に対する生活費の支給義務の履行の停止をとらえ、右贈与契約の負担である義務の懈怠があるとして、その履行を催告したうえ、右契約を解除し、これを仮定的抗弁ないし訴えの追加的変更の形で主張することが容易であつたとか、それが期待されていたとはたやすくいい難く、上告人が右の挙に出なかつたことにより被上告人らが本件物件の所有権の帰属に関する紛争が右訴訟ですべて落着したと信頼しても無理からぬものであるということもできないといわなければならない。まして、被上告人らは、前訴判決確定後も同判決中でその存在を認定された前記上告人に対する生活費支給義務を実行せず、上告人は、改めてこれを右贈与契約に付随する負担にかかる債務の不履行であるとして、その履行を催告したうえ、その不履行を理由として右契約を解除したと主張して、右解除による原状回復の履行を求めて本訴請求をしているのであり、しかも、本訴提起までは前記契約成立時から四年余、前訴判決確定時から約一〇か月期間が経過しているにすぎず、不当に長期間被上告人らの法的地位が不安定な状態におかれるという事情も存在しないのである。そうしてみると、上告人の本訴提起が著しく信義則に違反するものとはとうていいうことができず、これと異なる判断のもとに本件主位的請求にかかる訴えを不適法として却下した原判決には、訴えの適否に関する民訴法の解釈適用を誤つた違法があるものというべく、この違法が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点の論旨は理由があり、原判決中主位的請求に関する部分は破棄を免れず、また、これと同旨の結論を採る第一審判決も取消を免れない。そして、主位的請求にかかる訴えについて原判決及び第一審判決がそれぞれ破棄及び取消を免れない以上、予備的請求についても当然に原判決及び第一審判決はそれぞれ破棄及び取消を免れない。したがつて、その他の論旨について判断するまでもなく、原判決を破棄し、第一審判決を取り消し、さらに本案について審理させるため、本件を第一審裁判所に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八八条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(谷口正孝 藤﨑萬里 中村治朗 和田誠一)

上告代理人堀郁朗の上告理由

第一点 控訴裁判所の判決は、審理不尽、理由不備の違法がある。(民事訴訟法第三九五条六号)

原判決は、上告人は前訴訟において、予備的に贈与契約の解除を再抗弁として主張せず、又訴の追加的変更を併合提起することが極めて容易であつたのにそれをなさず、又親族間の紛争解決のためには、むしろそれが被上告人において期待されていたと考えるべきであるから、上告人が前訴訟において右再抗弁の主張、訴の追加的変更をしなかつたことにより被上告人らにおいて本件物件の帰属に関する紛争は、前訴訟ですべて落着したと信頼しても、無理からぬものと認めるのが相当だという判断を前提として、被上告人に対する金銭支払債務(毎月三万五〇〇〇円宛)不履行を理由とする本件贈与契約解除にもとづく本件土地所有権移転登記手続を求めるのは信義則違反であると判断している。これはおそらく前訴と訴訟物を異にする後訴の提起が信義則上許されないという昭和五一年九月三〇日最高裁第一小法廷判決(民集三〇巻八号七九九頁)の判旨によつたものと思料されるが、これは本件とは事案が非常に異なりたやすくは援用できない。(最高裁判所判例解説民事編五一年度三二六頁。昭和五一年度重要判例解説一三〇頁、有斐閣ジュリスト六四二号)即ち、前訴訟においては、上告人は被上告人らとは本件物件につき贈与契約を締結したというようなことは全然ないのであるから、いかに証人田中徹や同吉倉和夫が、毎月三万五〇〇〇円宛上告人に支払うという約束があつたと供述しても、被上告人らさえ弁論には上程していないのであるから、上告人としても、うつかりそれを援用できないだけでなく、仮定的にせよ、真実に非ざることでも主張すればよいとか、主張を強制せらるべきものでもない。真偽を調査せず何でも主張すればよいとか、主張しなければならぬものでもない。仮に、予備的にでも主張しなければならぬとなると、之を主張することにより被上告人主張の贈与契約についての裁判所の心証が存在の方へ傾いてしまう。この様な訴訟技術の点はしばらくおくとしても、若し右金銭債務不履行により贈与契約を解除するには、相当の期間を定めて金銭支払義務の履行を催告しなければならないが、上告人が若しかかる催告をすれば、被上告人らは「待つてました」とばかりに上告人に支払うことが目に見えている。そうなれば上告人は被上告人らにわずかの出捐で、高価な本件不動産をとられてしまうことになる。原判決は、こうゆうことを全然考慮に入れず、前記再抗弁の提出とか訴の追加的変更を併合提起することが極めて容易であつたのに上告人は之をなさず云々と判断している。又本件は前訴訟の判決確定後間もなく訴を提起したものであつて、前掲最高裁判決(買収、売渡処分がされた時から二〇年近くも経過したのちに、改めて買収、売渡処分の無効を主張して訴を提起した事案)とは同日に論ぜられない。

原審は前記各点について何等釈明を求めず、本件訴につき安易に信義則違反であるとして之を却下しているので理由不備をまぬがれない。〈以下、省略〉

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